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『 実験してみよう!』
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※記事はOSNメンバー5人で更新しています※

2010年10月06日

コミュニケーションにおける価値観

お久しぶりです。
OSNの炎丸です。

先日、私のブログでコミュニケーションの錯覚という記事を投稿しました。
こちらがそれ

そして今は禁煙中です。
禁煙6日目ですね。

ちなみに、禁煙と今回のブログは一切関係ありません。
今回は、上の記事の補足的な話です。

コミュニケーションは何とも奥が深くて面白い。
しかし、あまり考えられることはない。

もともと、人間がやっていることですから、ルールなんてのはありません。
だのに、ルール化しようとする。

ルール化することで楽したいんですね。人間ですから。
ルールがないとそれはそれで大変ですからね。

ここで言うルールは、法律みたいなものではないです。
法律みたいな決まりや規則も当然ルールですが、
ここで言っているのは、人の価値観のようなものです。

「こういうときは、こう」みたいなのを人間は常に繰り返しています。
もちろん無意識で。頭の中でも、行動でも。

この無意識の働きがないと、何をするにも一から十まですべて脳で考えて、手足に命令を送って・・・
大変です。

だから人間は、「こういうときは、こう」っていうルールをたくさん作って、
無意識に雑用を処理して、考えないといけないようなことに力を集中させています。
素晴らしいですね。非常によくできています。

このルールというか価値観というか、「こういうときは、こう」って考えるのは、
コミュニケーションにおいても行われています。

家族や、仲のいい友達の「あれ」や「それ」が伝わるのは、「こういうときは、こう」っていう
ルールというか価値観のようなものが近いから通じるんです。

逆に、初対面の人の「あれ」や「それ」という代名詞では全くわからないですし、
普通の名詞であっても、伝わりません。
そういうなんだかうまく伝わらない状態を何度も経験するので、
初対面の人と会うときはなんか緊張してしまいます。

自己紹介をするとちょっと緊張が和らぐのは、相手の人となりが少しわかって、
自分の中に少しだけルール化できるからです。
頭の中で(へぇ〜、この人はこういう人なんだ。あの人と似てる感じがする)みたいな。
相手の情報が何もない状態とはかなり心理的なストレスは軽減されます。

自己紹介ってとっても大切なのです。

それはさておき、前段の話はこれくらいにして、本題に行きたいと思います。
今日の本題は、さっきからでてきている、ルールというのか価値観というのか、
そういうものです。
今回はそれを「個性」とでも呼びましょうか。

当然、ひとそれぞれこの個性は異なります。
異なっているから、あえて個性って呼ぶことにします。

人間、ものごとが似ていると同一視する傾向があります。
このルールやら価値観も例外ではありません。
この個性の同一視は表面上のコミュニケーションでは有効ですが、
深くなるにつれて、危険を伴ってきますので、注意してください。

すこしでもコミュニケーションを深くとろうと思うなら、個性の同一視は無用です。

相手も人間です。
しらずしらずにカテゴリわけされて話をされていたら、なぜか不快になります。
そんなものです。
やはり個人として扱ってほしいと思うと思いますし、そうすべきです。

一見同じような行動をしていても、その背景たるや、想像もつかないほど様々です。
私は、性格がら説教癖がありますが、色んな人といろんな話をするたびに思い知らされます。(笑)

そのたびに、人それぞれ歩んできた道は違えど、生まれてから生きた分だけの経験をしてる、と思い知らされます。

生きた分だけの経験をしているのです。
それが、個性なのです。
同じ個性があるわけないんです。

それをはかる方法がないだけです。
はかる方法がないから、年の割に気持が若いとか老けているとかいうだけで、
みんな同じだけの時間の経験を積んでいるのです。

今の世の中では、それがおもに貨幣価値によってはかられるきらいがあります。
仕方ないですね。生きることを人生の第一の目的とするならば、やむをえません。
お金を稼ぐ人はみなから羨望のまなざしで見られます。
一方で幸福を唱える貧しい人は、尊敬はされど、みなにはまねできないと敬遠されます。
どの個性が優れてるかなんて決められないでしょう。
人間的価値をそもそも何で測るのかという答えを持っていないのに、測ろうとすることが変なのでしょうね。

ただ、できることは、みな等しく個性を持っており、それが唯一のものであるという事を認識することです。
どっちの個性が優れているという事を議論しても人間が人間である限り結論は出ないでしょう。

新たな進化を遂げた時に、その新たな何かから見て、どの人間が優れていたのかは決められるかもしれませんが、
それも完全なる答えとは言えないでしょう。

どっちの個性が優れているという事はありません。
みな等しく一つの個性です。

生きている限り、ただただその個性を磨いていくのみです。
それが自分らしさであり、人に誇れるようになるものだと思います。

そう思っていると、
自分の価値観も相手の価値観も別のものだけど同じく大切に思えるようになります。

それがコミュニケーションの第一歩なのかもしれません。

最後まで長文に付き合っていただきありがとうございました。
書きっぱなしで読み返してないので(笑)、読みにくいところは申し訳ありません。

以上、炎丸でした。



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posted by 河北炎丸 at 22:57 | Comment(2) | TrackBack(0) | 過去履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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